「南郷サマージャズフェスティバル」への往復は、青森から遭難事件のあった八甲田山中を山越えして往復した。
先述したように、段腹氏のキャンピングカー「だんばら号」に同乗させていただいた。
青森で仕事をしている彼の案内での「観光旅行風」であったのだが、思いがけない発見もありました。
199名の死者を出した、神成大尉率いる青森連隊の遭難悲話は広く知られているが、逆ルートで八甲田雪中行軍に成功した福島大尉率いる弘前連隊については悲劇の陰で多くは語られていない。
この成功の陰には、旧大深内村(現:十和田市柏地区)から雇われた7名の案内人の功績が大であったのは事実だ。
が、大任を果たした後も、福島隊長より「絶対口外すべからず」の一言を固く守り他言する者が一名もなかったためこの事実を誰も知る事が出来なかったということであるそうだ。
その事実を顕彰する石碑が道路沿いにひっそりと建てられていました。
Webで見つけた
「七勇士-弘前隊を案内した三本木の7名-」には、さらに詳しい解説がされています。
案内人・沢内吉助氏の口述筆記を読むと、映画とはまったく違った福島大尉の姿や軍隊の非情さがにじみ出ていますね。