67回目の敗戦記念日
当時私は1歳2ヶ月、もちろん記憶はない
しかし記憶にある幼児期は何もない東京の公園というか焼け跡の原っぱにオニヤンマとイトトンボが飛んでいた
母と遠くまで歩いて手に入れたコッペパンの香りが今でも思い出される
紙芝居、黄金バット
ラヂオは一丁目一番地
少年期も何もなかった
メンコ、ビー玉、ベーゴマ
ラヂオは新諸国物語、紅孔雀・・・
何もないことの豊かさと幸せの実感が
小鮒を釣った竿先の震えにも似た感覚で甦る
戦には負けたが、負けたことは致し方ないが、
その戦に正義があったからこそ戦勝国の復讐は凄まじかったのだろう
でたらめな東京裁判の結果を正義と言い換えて擦り込まれた
一見もっともな憲法をもっともらしく、そして強制的に押しつけた
夢のやふな楽園国家が描かれた薄いガラス板
実感のない平和という幻想に未だ酔いしれているガラスの向こう側に何がいるのか
すでに姿を現した泥棒、強盗、恐喝の実行犯たる悪意国家を見て見ぬふりと責任逃れの言い訳にしか過ぎぬ「遺憾」なる漢語で逃げるとは・・・
「卑怯者!」
この言の葉の重さを自国政府に言わねばならぬとは悲しき現実
未来のこどもたちのために為すべきことは
脱原発でも増税でもない
真面目で働き者、自然を敬い伝統を愛する日本人のこころの復活だ
さすれば未来への答えはおのずからこどもたちも選択するであろう
「美しき国 日本」を目指して行こう
老いの一徹、六十八歳の夏だ